『ペルソナ 脳に潜む闇』中野信子 著 講談社現代新書

本の紹介

テレビなどで活躍している脳科学者、医学博士、認知科学者の中野信子さん。

彼女の作品を活字で読むのははじめてです。

「活字で読むのは」と書いたのは、以前オーディオブックで1冊読んだ(聞いた)ことがあるからですが、わかりやすい説明と、僕の知らないことを教えてくれる頭の良いお姉さん、という印象でした。

中野信子さんといえば、東大で博士課程を修了してフランスの国立研究所で研究していた、「とても頭の良い人」(←この表現で僕の頭の悪さがわかる…)というイメージで、こんなに頭が良かったら人生が楽しいだろうなぁ、という一面的なことしか考えていなかったというのが正直な感想です。

しかし、本書では中野さんが幼少期、学生時代、研究生活から今に至るまでの人生でどれほど「生きにくさ」を抱えてきたのか、抱えているのか、ということが吐露されています(実際には本の構成上は現在から過去へさかのぼる形で書かれている)。人生において、頭の良さが足かせになることもあるのだなあ、とこれまた凡人である僕は思ったものです。

しかし、凡人なりに共感する内容も多く、それを中心にお伝えしたいと思います。

二ーバーの祈り

20世紀のアメリカの神学者、二ーバーの「静穏の祈り」という祈りの言葉の一部に、次のようなフレーズがある。

 神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。

 変えるべきものを変える勇気を、

 そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください。

本書:P43

この言葉は、本書では「人生を決定づけるものは生まれなのか、育ちなのか?」また、また、毒親と呼ばれるような親に育てられた人がどう生きるべきか、という話の中で紹介されています。この言葉はいろいろな場面で聞きかじったことがあったのですが、ニーバーの言葉であると僕は認識していなかったのでここで読めてよかったです。ラインホルド・ニーバー – Wikipedia

この言葉は、人生を生きる上での道しるべとなるような言葉だと思っていて、折に触れて思い返してはいました。

人は誰でも変えられない「育った環境」とか家族だとかを持っています。どんなにひどいものを与えられていたとしても、その事実は変えることはできない。でも、そこから自分の想いや行動や努力や巡りあわせで少しでも自分の望むような人生や生活に変えていくことができる。それはある部分では絶望につながるかもしれないけれど、希望は青天井なのではないかと、感じています。

また、育った環境といった大きなことでなくても、何か困難に陥った時、やはりこの言葉を思い返したいと思います。変えられないことを受け入れたうえで、いまできる最善の方法は何だろう、と思えるようになりたいものです。(僕はそんなにポジティブな人間ではないのでそう思えるようになりたい、と思うわけですが。)

このあたりは心理学者のアドラーの考え方にも似ているような気がします。

過去に起きた事実はもはや変更できるものではない。ただし、事実の解釈を変更することは可能性として残された部分だ。「あの人のせいで今の自分の不幸がある」と、死ぬまで恨み辛みを背負うのも生き方の一つだが、この試練は自分にとってどんな意味があったのか、という視点は感情の解決をつけるための手掛かりとなり得るものだろう。

本書:P51

僕は、おそらく世に言う「毒親」に育てられたわけではないですが、生きていれば誰かに対して恨みやそれに似た感情を持つことはあります。それをどのように受け取るのか、どのように解釈して自分の人生に取り入れていくのか。それは確かに自分の手に握られた数少ない、でも有効な手段の一つなのかもしれません。

ただ、逆に僕の行動や言葉によって誰かに恨みを持たれることもあるわけで、また、自分の子供たちにとって自分が「毒親」である可能性がある、と思う視点もまた必要かと思います。そして、それは生きている限り、ある程度は避けられないものではあると自覚もしています。でも、それを最小限にしたいと、心を新たにしました。

アカデミズムの世界っていろいろあるのね

特に日本では、ということなのだと思いますが、いまだにアカデミズムの世界では男尊女卑の考え方が根強いようです。セクハラは当たり前だし、どんなに優秀な研究者であっても、必ず子供はいるのか、結婚はしているのか、女性であることからはどこまでも逃げられないのだそうです。僕も男性ではあるので、無意識のうちに女性に対して似たような態度を見せているかもしれませんが、こういった土壌によって優秀な人がアカデミズムの世界に残れないというのは本当に惜しいと思いました。

また、研究者は論文を書くということだけが正義で、テレビやマスコミに出て大衆にわかりやすく説明したり何かを書くことはタブー視されているのだそうです。

せっかくの研究成果、一般にアピールすれば民度も上がるし(自分たちの存在意義が薄れるから研究成果を知らしめたくない、というのもあるのかな)、研究費だってつきやすくなるかもしれないですよね。優秀な人材だって集まるかもしれない。でも象牙の塔の中だけでその権勢をふるっているというのはなんだか滑稽な話です。

すべての分野の研究者がそうであるとは思いませんが、よくある話なのだろうな、と思いました。

そういえば、筒井康隆の『文学部唯野教授』という小説の中でもそういった大学の研究室内での権力闘争や、マスコミに露出することがいかに白眼視されるか、などが面白おかしく書かれていて大変興味深かったです。

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国民の税金を使って研究活動をしているわけだから、どんどんとわかりやすく世の中にフィードバックしてくれたらいいのになあ、と思いました。中野さんはその点、そういったことを意識的に実行してくれていると感じます。

さいごに

外から見れば社会的にも成功されているように見える(実際そうだと思いますが)中野さんですが、勉強ができすぎたり頭が良すぎたりするために周囲に溶け込めなかったり、女性であることで研究の世界でうまく活躍することが難しかったり、ひどい頭痛に苦しめられていたりと、外からはあまり想像がつかない生きづらさの中で生きてこられたのだなあ、と本書を読んで知りました。

生きづらさの原因はひとそれぞれ違っていても、度合いとしては同じような生きづらさを多くの人が抱えているんだなあ、ということにも改めて思いを馳せました。

それぞれのおかれた状況や立場が変わっても、人間は常に苦しんだり悩んだりするようにできているのではないか?とさえ思います。

やがて死に至る存在である我々ですが、しかし生きている間に少しでも苦しみや悩みに対処できるようになりたいものだと、僕は思いました。

ニーバーの言葉を胸に。

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