僕はお酒をやめた | 雨の星 探検記 (amenohoshi.com)で書いたように、2020年の12月末からお酒をやめました。
お酒をやめてから半年と少し経ったので、今の気持ちを書いておきます。
いまはお酒を飲みたいとは全然思わない
やめて4ヶ月の時点でもそうだったんですが、いまはあんなに飲みたかったお酒を全然飲みたいとは思わなくなりました。
新型コロナの影響で以前ほど飲み会なども行われなくなりましたが、出張先で同僚と御飯を食べに行くこともよくあるし、家に誰かが来たりすることもあります。以前であれば「お酒を飲む」のがセットでしたが、今は他の人が飲んでいても、お酒に関しては自分は別の世界に存在しているかのように何も感じなくなりました。
だからといって会話が無くなるとかもないし、お酒が無くても以前と同じように楽しいのです。
幸い、僕が飲まないからといって強く勧める人もいません。
やめられない理由ばかり探していた
やめられなかった頃は、お酒をやめられない理由ばかり探していたような気がします。少し考えただけでも…
・お酒を飲むのはある意味、身体に良い(←ある意味、ってなんだ?(笑))
・ストレス解消になる(←いまは、逆だったと思える)
・人生が豊かになる(←いまは、逆だったと思える)
・料理がおいしくなる(←お酒が無くても十分美味しい。むしろ、しっかり料理に向き合える)
・周囲の人ががっかりする(←みんな僕にその点で期待はしていない)
・お酒を飲まないと時間が余る(←むしろ良いこと。やめなかったらこのブログもやっていなかったと思う)
習慣の魔力、素晴らしさ
人間の習慣というのは面白いものですね。
毎日飲んでいる時にはアルコールを飲む、という習慣に囚われ、一日たりとも飲まないではいられなったけれど、逆に飲まない習慣がつくと、その習慣に引っ張られて全然飲まなくても問題ない、という。
今回のことで、「人間はいったん身に着いた習慣というものに抗い(あらがい)がたい存在なんだな」と感じています。良い習慣、悪い習慣、とよく言いますが、実際のところ、そこには「習慣」のみが存在していて、それぞれの人間が良い悪いの判断をしているだけなのではないか、とも思われます。(自分で悪い、と認識しているものをかえってやめられない、ということもありそうですが)
それを自覚して、自分にとって良い習慣をどんどん身につけるようにしたら、人生は良い方向に行くのではないかな、と今は思っています。
僕の新習慣
僕の場合は、お酒を飲まない習慣を手に入れてから、いろんな習慣が身についてきました。
・シュワシュワしたものを飲みたいときは炭酸(最近、SodaStreamを導入しました)
・朝体重を測る(ノートにつける)
・寝る前のヨガ
・ブログを書く(4月から)
・身体に良いものを選んで食べるようになった
・会社に行くときはお弁当をつくる(↑の流れですが)
・電車の移動中は本を読む(ブログに書かなきゃ、という謎の使命感もあり)
・スマホのゲームとかはやらなくなった(あの時間はホント無意味だった…)
などです。
良い習慣(僕にとっての)が他の良い習慣の仲間たちを「おーい」と呼び寄せてくれたような感じがします。
自分自身に近くなった気がする
お酒をやめたことによって、以前よりも自分自身に向き合えるようになってきた感覚があります。以前は、お酒を飲むことによって、毎日の終わりを「まぎらせていた」、あるいは「うやむやにしていた」ような感じがありました。寝て起きたら「今日と地続きの明日」がヌルっと始まるような感覚。昨日と今日の境界線をアルコールが溶かしてあいまいにしてしまうような感覚。
いまは、夜の食事をして、お風呂に入って、寝る前にヨガをすることでその日をその日のうちに正しく終わらせることができるようになってきたような感覚があります。その結果、翌日はしっかりと「新しい一日」として迎えることができるような気がするのです。
その生活は自分自身の姿を以前よりもクリアに見るきっかけにもなっているような感じがします。
自分自身がいま何をしたいのか、どのように生きていきたいのか。
そんなシンプルなことに以前よりも向き合えているような気がします。
これからも飲まない
以前7カ月ほどやめていた頃、軽い気持ちで飲んでしまったあとにまたお酒を飲む生活に戻ってしまった経験があるので、そんな流れにならないように気を付けたいと思っています。
あなたがもし、何か(お酒ではなくても)をやめられなくって、本当はやめたいと思っているのであれば、ほんの少し、1日でも2日だけでもやめてみると、新しい世界が開けるかもしれません。もしよかったら一度試してみて頂けたら嬉しいです。
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