『集中力はいらない』(森博嗣 著)

本の紹介

世の中では、集中力を身につけよう身につけようと言われるが、その考えにアンチを唱えるのが本書です。森さんはベストセラー作家として知られていますが、国立大学の工学部で研究者として長年働いていた経験もあるそうです。森さんのように研究で革新的な考えに至ったり、小説のアイデアを思いついたりするのには、一般的に言われるような「集中」は不向きであり、「分散」あるいは「発散」といったものが大事なのだ、と書いています。

集中と分散

何かアイデアを得ようとする場合、まずは徹底的にそのことについて考えることが必要だそうですが、そのうえで、

まず、あまり緊張しないこと。少し力を抜いた方が良い。緊張というのは、ある方向に対しての緊張ならば、別の方向ではリラックスしているわけで、結果的に、今直面している問題ではない方向のことを発想する場合が多い。たとえば、試験の前日に、その科目について一生懸命になっているときに、ふとまったく別のことで面白いアイデアが浮かんだりする。そんな経験はないだろうか。

本書:P37

著者が言っている話の深さには全然及ばないですが、僕なりにこれはとてもよくわかる感じがします。

僕は学生時代剣道をやっていたのですが、その時にも良い技は緊張の中からは生まれず、体の力が程よく抜けている時にストン、と良い技が出るような実感はありました。剣道の技がうまく出るときの感じは、何かインスピレーションが沸く時と似通っていました。

また、曲を作るときに、「こういうテーマの曲が作りたいな」「こういう言葉を使おう」などと考えてから、しばらく(数日とか)放っておくと、勝手に頭の中で着想が熟成していて、ほとんど一気に曲がスルっとできることもあります。

アイデアとはちょっと違いますが、最近ヨガの先生が、ヨガの本質は「弛緩(しかん)」である、と言っていたことにも通じるように思います。どんなポーズをとっていても、目指すのは緊張ではなく徹底的に緩むことである、と。

森さんは非常に気の多い人で、いろいろな工作や庭仕事や小説の仕事などを同時進行で進めているそうです。こっちでは接着剤を塗り、あっちの作品では塗装し、といった形で5~10の工作の作品が同時進行で進み、その合間に小説の仕事を少しして、また工作に戻り…。一見、非効率な仕事のやり方に見えますが、この方法にはメリットがあるようです。

・一回一回の作業時間は短くなるが、トータルで長い期間携わることになるので、作品自体に対しては冷静で客観的なスタンスが確保でき、結果的に完成度が高まる。

・森さんの場合は実際の締め切りよりもかなり早い締め切りを自分で設定して少しずつ分散して作業を進めるので、何かトラブル(身内の不幸とか病気とか)があっても大きな影響を受けにくい。

・こうした分散した仕事の仕方により、一つのことにずっと集中するよりもより多角的に物事を見ることができるようになる。

僕もどちらかというと一つのことにずっと集中することが苦手です。会社で仕事をしている時でも、同じ作業をずっとするのは難しくて、Aの仕事をして何となく切りが良ければBに行き、Cが終わるとまたAに戻る、といったやり方をすることが多いです。これがベストかどうかはわからないけれど、僕には合っていると思っています。

その他にも本書では、「集中」と「分散」との関連で、「具体」と「抽象」、「言語化すること」と「言語化しないままでおくこと」の違いなどについても触れています。(著者はそれぞれの対比の後者を高く評価している)

文系と理系

文系の人は、理系は数字に拘っていると言うが、文系の人は言葉に拘って(こだわって)いる。なんでも言葉で処理しようとする。「安全なのかどうか」と決めてほしがる。そこには、リスクのパーセンテージのように、数字で示すような柔軟性がない。0か百パーセントかを迫るのが「言葉」だからだ

本書:P130

これなどは、豊洲市場の問題や原発に対する一部の人たちの激しい反応を思い起こすし、いまの新型コロナへの我々の反応にも当てはまるような気がする。

仕事とライフスタイル

また、仕事とライフスタイルは切り離すべきだと森さんは言います。

人は、金を稼ぐために働いているのである。それを、生きることと仕事をすることを同列に考えようと無理をするから、「自分のやりたい仕事ができない」「仕事場が楽しくない」という悩みが大きくなる。

本書:P168

僕も元々は森さんと同じ考えで、仕事は仕事、その他の趣味は生活は別だ、という気持ちでいますが、知らず知らずのうちに仕事の占める割合が大きくなってきているな、と思うことがあります。仕事に一生懸命になることは悪いことではないし、それはある意味では当たり前かもしれないけれど、どこか本当は大事にしなければいけない自分の一部を圧迫しているような気持になったりもします。改めて自分の人生や時間を見直したくなりました。

森さんの考え方はいわゆる常識からはかけ離れていることが多いものの、どれも彼自身が合理的な思考の末に処世術として導いたものばかりで、とても刺激になるものでした。僕自分の生活の中にも是非取り入れていきたいと考えました。

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集中力はいらない (SB新書) [ 森 博嗣 ]

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