【中古】 談志が遺した落語論 /立川談志【著】 【中古】afb 楽天市場
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本書は、落語家立川談志が2001年~2010年に執筆・口述された未発表原稿を集めたものとのこと。
立川談志は、1936年東京生まれ。16歳で柳家小さんに入門。27歳で真打。1983年に落語協会から脱会し、落語立川流を創設。2011年11月に声門癌により75歳で亡くなっています。詳しい経歴などは立川談志 – Wikipedia。
本の内容
この本は、先に書いたように、体系だった形で一つのことを書いているということではなく、折々に断片的に書かれたり語られたたくさんの短い文章を
『哲学 現代と落語、人間と落語』
『分解 落語の主題、志ん生、イリュージョン』
『継承 芸の継承、弟子、落語立川流』
『師とライバル 小さん、志ん朝』
『己 客と談志、落語と談志、書くということ』
という5つの章に編集されたものになっています。
2001年~2010年というと、亡くなる前の10年間ということになります。
この本を読んでいると、本当に、落語のことばかり考えていたのだなあ、ということがよくわかるし、落語が好きで好きで仕方ないけれど、その限界にも気付き、行く末に絶望しながら、それでもだけど、好きなんだよお、という、愛憎入り交じった想いが痛いほど伝わってきます。
原一男の小説家 井上光晴を撮ったドキュメンタリー映画に『全身小説家』というのがありましたが全身小説家 – Wikipedia、まさに談志は『全身落語家』だったんだなあ、と。
かつては間違いなく、東京の風、江戸の風が吹いていて、それに乗っかって生きてきた立川談志。なにはともあれ、変わってきたことは確かだ。ナニ、落語だけに非ズで、漫才ひとつ見てもしかり。町を歩いてもしかり。世の中すべてが変わっちまった(当たり前だがね)。
本書:P29
東京の風、江戸の風、ということを談志はよく言います。それはきっと、その風の中を生きていた人にしかわからないことなのだろうなあ、と思います。
『業の肯定』と『やさしさ』
(前略)落語は時代の変化に付いていけなかったということだろう。それとも、落語というものは時代に付いていくものではない、ここまでなのか。
ここで滅びるなら滅びろ、その時代に生きた者だけのものなのか。なら、仕方がない。けど、落語の内容を知っておくと楽になるんだけどなあ、という思いはある。
本書:P32
「落語の内容を知っていると楽になる」、というのは、談志の有名な「落語とは人間の業の肯定である」という言葉をもっとかみ砕いていっているのかな、とも思います。落語とは人間の“何”を肯定するものか。立川談志の言葉の深い意味|人生は名言で豊かになる|小泉十三 – 幻冬舎plus (gentosha.jp)
落語は結構なもんだと思う。落語のフレーズが判れば、落語を聴き込めば、人生のトラブル、恥ずかしさ、虚しさ、いろゝ含めて救いになることは確かだ。
本書:P28
僕が談志の「落語とは人間の業の肯定である」という言葉を聞いた時に連想するのは、元ブルーハーツの甲本ヒロトが『パンク・ロック』という曲の中でパンク・ロックの中にやさしさを見出してそれを歌っていたことです。
僕、パンクロックが好きだ
中途ハンパな気持ちじゃなくて
ああ やさしいから好きなんだ
僕、パンクロックが好きだ
『パンクロック』作詞 甲本ヒロト
甲本ヒロトは、パンク・ロックといううるさいだけの音楽みたいに思われていたものの中に、やさしさを見出し、立川談志は落語という昔は大衆娯楽と思われていたものの中に人間がどうしようもなく抱えている業を肯定するものがあるのだと言った。ジャンルは違うけれど二人の革新的な天才が直感的に感じることというのはどこか似ているような気がしてしまいます。
師匠 小さんとの関係など
この本では、落語協会を脱会した頃から最後まで絶縁状態だった師匠の柳家小さんのこともたくさん出てきます。
文章の中では散々小さんを批判し、クサしながらも、自分で架空対談まで書いており、いろいろ思うところはありながらも、本当に惚れた師匠だったんだろうなあ、と思わされます。
この辺りは是非実際読んでいただきたいです。
僕と落語と談志
僕自身は、20代の頃とくによく落語を聞いていました。「落語ファン」とはとても言えないほどのささやかなファンで、主にCD音源を集めて聞いているくらいのものでした。「落語ファン」と言っていいのは、足しげく寄席やひいきの噺家(はなしか)のライブなどに行くような人のことだと思っています。
よく聞いていたのは東京の落語家だと、古今亭志ん朝(有名な古今亭志ん生の息子)や立川談志、立川談志の弟子の志らくや談春、談笑などです。上方(関西の落語)だと、桂米朝や弟子の桂枝雀が大好きでした。
そんな僕でも、立川談志の高座を2回見たことがあります。
そのうちの1回は三鷹だったと思います。有名な『芝浜』を演ってくれたのを覚えています。その時に、マクラ(本題に入る前の導入部)で北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさんのことを馬鹿にするようなことを言って笑いを取っていたのですが、僕としては全く笑えずになんとなくずっとシコリのように残っています。ただ、そういう人に嫌われるような、ひんしゅくを買うようなことをわざと言うようなところが談志にはあるので、そういうもんだ、となんとなく納得したような記憶があります。
芝浜を聞いたことが無い方は、是非↓の動画を見てみてください。
もう1回は、たしかラジオ局の公開収録で、半蔵門近くの東京エフエムだったような気がします。そのときは『ぞろぞろ』を演ってくれました。その頃はだいぶ晩年で、声の調子もあまり良くなかったように思います。↓の音源の21分あたりで草鞋(わらじ)を買い求める客とのやり取りが3回続くのですが、途中で談志がいま何回目のやりとりなのか忘れてしまい、「あれ、いま何回目だっけ?」と客席に聞いてきたのです。僕はすかさずVサインを出して「にかいめ」と声を出さずに言いました。談志は「ありがと」といって3回目へ続けてくれました。その時、落語ファンにもなれない僕と談志の人生がうっすら交差したのでした(おおげさ)。
落語を聴くには良い時代
いまは、落語を聴くにはとても良い時代です。YouTubeで検索すれば聴ききれないほどの音源がアップされています。
是非、落語に馴染みのない方も探してみてください。業にまみれた僕らの人生を、少し楽にしてくれるかもしれません。
この本も、立川談志の人となり、落語への想いなどを知るにはとてもよいと思います。是非お手に取って頂けたら嬉しいです。
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