『粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う』中垣俊之 著 文藝春秋新書

本の紹介

本書は、北海道大学電子科学研究所教授の中垣俊之さん(中垣俊之 – Wikipedia)による、粘菌についての入門的な新書です。

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個人的にグッと来たのは、科学者としての中垣さんの中から見えてくる人生論のようなものでした。

粘菌てナニ?

粘菌てなんでしょう?

僕は中学生の頃にテレビで南方熊楠 みなかたくまぐす(南方熊楠 – Wikipedia)という超人的な科学者のことを知って、伝記を読んだり展覧会での彼についての企画展を見に行ったりしていたことがあったのですが、その南方熊楠が研究対象の一つにしていたのがこの粘菌でした。

(当時の僕は、こういった南方熊楠やアインシュタインなど科学系の偉人に興味をもつことが多かったのですが、結局その後はド文系として生きております。)

粘菌。その名前を日常生活で耳にすることはほとんどないので、 なんとなく遠い存在のように思われるかもしれませんが、実際にはちょっとした藪や都会の植え込みにも潜む身近な生物です。

その性質はとても変わっていて、変形体とよばれるアメーバ状の栄養体が動物のように動き回って微生物などを捕獲したかと思えば、植物のように動きを止め、環境が悪化すると子実体といわれるキノコのような姿に形を変えて、胞子をによって子孫を残します。標準的な生物の区分「五界説」(原核生物、原生生物、菌類、植物、動物という五つの区分)には納まりが悪い、シンプルでありながら謎深い単細胞生物です。

本書:P46

粘菌は時に植物のように、時には動物のようにふるまう、という面白い生き物なのですね。

生物の五つの区分と言うのは人間が勝手に考えたものなので、そこに当てはまらないからおかしい、というのも変な話ですが、非常にユニークな生物であることは確かなようです。

この粘菌は、迷路を最短でつなぐルートを自らの体で作り出したり(入り口と出口に餌になるオートミールを置いておく)、関東地方の路線図とほぼ同じような経路を作り出したり(これも主要な都市に該当する箇所に餌を置いておく)する知性(「原始的な知性」、primitive intelligenceと呼んでいるそうです)のようなものがある、と言うのが非常に面白いな、と思いました。

その知性は人間のような知性とはまた違うのですが、生物としての効率を最優先する結果が人間が苦労して考えた路線図と非常に似通っていく、と言うのは非常に面白いです。

粘菌にはまた、記憶能力(一定期間に刺激を与えてやると、刺激を与えなかった時にも反応を示す)や迷ったり決断したりという行動も見られるそうです。

脳みそがないのにそういう現象が見られるのはとても興味深いですね。

また、こういった粘菌の知性を考えることが、そもそも人間の知性とはなんだろう?と考えるためのヒントにもなるのだとか。

脳の中でも非常に細かいレベルでは同じようなことが起きていて、それらが膨大に集まると「人間ぽく」考えたりということができるのかもしれないですね。

イグノーベル賞を2回も受賞

中垣さんや研究チームはイグノーベル賞(イグノーベル賞 – Wikipedia)を2回も受賞しているそうです。

ノーベル賞のパロディのようなこの賞は、この本を読んでみると決して研究者を馬鹿にするようなものではなくて、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる業績」(wikipediaから)を讃えたり、科学の面白さを一般に知らしめるような賞だと言うことがわかります。

中垣さんは当初、この賞の授賞式に出るべきかどうか迷ったそうですが、結果的には授賞式を非常に楽しみ、スピーチや聴衆との対話を楽しんだことが書かれていました。

子供との向き合い方

本書の主題とはちょっとズレますが、僕には子供が二人いて彼らとの関りについてよく悩んだりするのですが、中垣さんの書かれていた子供との関りについての言葉に心を打たれたのでそれを紹介しておきたいと思います。

子供が何かの行動をした時に、その行動に至る前には彼らの心の動きがあるわけですが、子供はそれをうまく言葉にできないことが多いです。

ところがそこで、こちらからゆっくりと「なんでそんなことをしたの?」と聞き出そうとすると、一生懸命説明しようとしてくれます。少ない言葉を駆使して、あっとおどろくようなフレーズをひねり出してくることもあります。時として詩人のようでもありますよね。

そんな会話を、大人も一緒になって楽しみたいものです。決して導かず、「こういうことなのでしょう?」などと先回りをして幼い詩人の言葉を葬り去らず、じっと子供の発話を待ちたい。子供が持っているであろう「問い」を注意深く探ることは、知的興奮と喜びをともなう営みです。それは科学の発見にも等しいものだと思うのです。

本書:P166

生活の中で、子供との会話はしているようでしていない、という感じがあります。

そしてそれは、大人との会話も本当は同じなのかも…。

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この本を読んでいて、中垣さんはもちろん粘菌という一つの分野の専門家であるわけですが、その世界だけに埋没するのではなく、広い視野で、できるだけ新鮮な形で世界を見て、驚いて、感動する、といった資質を持たれている方なのだなあ、と思わされました。

そういう方だから逆に一つの研究分野に長年根気よく取り組むことができるし、その中で新しい発見をすることができるのだなあ、と。

科学についての本でもありますが、人生を歩む上での良い参考にもなると僕は感じました。

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