『脳が壊れた』鈴木大介 著 新潮新書

本の紹介

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脳が壊れた (新潮新書) [ 鈴木 大介 ] 楽天市場

本書はルポライターの鈴木大介さんが、41歳の時に脳梗塞を発症、辛くも命はとりとめたものの「高次脳機能障害(高次脳)」が残ってしまい、そこから懸命にリハビリをしていく過程を描いた闘病記です。

(そもそも、その状態から本を書けるように回復できたことがものすごいと思います。)

この障害を負った本人による稀有なレポートという側面ももちろん面白いのですが、僕にとっては鈴木さんの妻や家族(主に妻のお母さん)、またわだかまりを感じて距離をとってきた自分の両親との関係を描いた家族の物語としての側面にも非常に興味深く、涙なしでは読めない本でした。

高次脳機能障害とは

著者自身の言葉をそのまま引用しますが、

高次脳機能障害とは、脳梗塞=脳の血管に血の塊が詰まって脳細胞が損傷することで起きる障害の一群で、手足など身体の麻痺とは別に様々な問題が起きてくることを言います。

例えば記憶障害・注意欠陥・遂行機能障害・認知障害等々。こうした一連の神経心理学的障害は、脳卒中(脳梗塞や脳出血を含めて言う)のみならず、事故による脳の外傷などでも残る後遺症なのだそうです。

本書:P7

この障害は傍(はた)から見ると障害があるとは思えないところに一番の問題があるようです。

手足や顔に障害や麻痺があればわかりますが、この障害は脳に起因するもので、周囲からわかりずらいことで手助けしてもらえずに、ただただおかしな言動をする人、と思われてしまうことが多いようです。

障害のおかげで取材対象者たちの気持ちがわかるように

鈴木さんは不幸にしてこの 高次脳機能障害になってしまったわけですが、鈴木さんはこの障害のおかげでこれまで取材してきた対象の人達の気持ちがわかるようになった、 と言います。

ですが、僕の仕事は取材記者です。しかもその取材執筆のテーマは一貫して、主に社会的に発言の機会を与えられない弱者を取材し、彼らの声なき声を代弁するというものでした。そんな僕にとって、高次脳を負うということは、実は僥倖(ぎょうこう)でもありました。

というのも、僕は脳梗塞の結果で高次脳となりましたが、その当事者認識は、先天的・後天的問わず様々な原因で脳に機能障害を持つ人々と、大きく符合する部分があるようなのです。自身の中で障害が見えてくるにしたがって、僕は多くの既視感を感じることになりました。

本書:P8

また、それだけに、いままで取材してきた人たちの辛さに対して、いままでの自分はわかったふりをしていただけだった、と言うことにも気付いたそうです。

そういったことにまっすぐに気づき、言葉にされる鈴木さんに僕は共感するし、信頼できるライターさんなんだろうなあ、と思わされました。

とにかく明るい鈴木さん

この本、深刻な内容なんですが、鈴木さんご本人の書き方がとても明るく前向きなので深刻にならずに読み進むことができます。

とはいえ、本の中では何度も「死にたいと思ったことは何度もある」と言ったことも書かれています。

でも、そんな思いに負けずに鈴木さんがリハビリにかける情熱と前向きさには本当に頭が下がります。

自分のことだから当然とも思えますが、障害を持ったことで心が折れたり命を絶ってしまう方は多いそうです。

(スウェーデンのデータでは、脳卒中(脳梗塞もこの中に入る)になった方は一般の人よりも自殺率が2倍になるそうです。)

きっと鈴木さんは良い家族に恵まれていたからできた部分もあると思いますが、こうした逆境であきらめずに一歩でも、1mmでも前に進もうと言う態度には感嘆と同時に大きな勇気をもらいました。

鈴木さんが脳梗塞になった原因

脳梗塞と言うと、自堕落でメタボな中年がなるようなイメージがありますが、鈴木さん自身は全く自堕落ではなく、フリーのルポライターとして超多忙な日々を送る中で自らに非常にストイックな自己管理を課し、定期的な運動や食生活も気にかけていたそうです。

なのに、なぜ?

鈴木さんの場合、頑張りすぎてしまうストイックな性格に問題があったのだとご自身で気づかれています。

退院後に不自由な体で2時間かけて自宅を掃除し終わったあと(イライラと天候や片づけられない妻に悪態つきながら・・・)に血圧を測ると上が180、下が120という高血圧状態。

そこではじめて過度な完璧主義、自分ですべて背負いこんでしまう性格が脳梗塞の原因だったと悟るのです。

なんやかやと自分の定めたルールや、自分の定める家事のクオリティーに固執し、妻から家事を奪い、勝手にイライラして勝手に時間に追われていた自分が悪いのだ。

そういえば病前の数ヶ月、僕は台所で立って飯を食うことが多かった。家事と仕事に時間を奪われ、座って飯を食う時間も取れなかったのだ。

本書:P150

僕自身は周りからわりと穏やかな性格だと見られている(たぶん)ように思うのですが、どこか完璧主義な部分があるし、とくに家族に対して「こうあって欲しい」とか「なんでこれができないのか?」と思ってイライラすることが多いと反省しました。

家族だって別の人格、別の人間です。でも、近いからこそ勘違いして勝手な期待をしてしまう。

そして期待通り動いてくれないとイライラしてしまう。

他人は変わらない。とくに自分の思ったようには変わらない。

そんなシンプルなことに改めて気づかされました。

多くの苦しみは、他人に期待しすぎることから生まれるように思います。

肩の力を抜いて、自然体で回りの人々や世界と付き合っていけたら、そう思いました。

そうでなければ、脳梗塞にならなかったとしても何かしらの病気につながってしまいそうです。

妻との物語

最初の方に書いた通り、この本は小説ではないですが、家族との物語、とりわけ奥さんとの物語としても読むことができて、その点が本当に素晴らしいな、と感じました。

鈴木さんの奥さんは最近よく言われる「大人の発達障害」を持った人であり、両親との関係に悩み、自傷行為を繰り返したり、脳腫瘍を患ったりと大変な人生を歩まれてきた方のようなのですが、鈴木さんが奥さんをどんなに一生懸命奥さんを支えてきたかがよくわかるし、その奥さんが鈴木さんの脳梗塞の発症に際しては本当に献身的に支えられていることも書かれています。

お互い欠点や問題をたくさん抱えながらも、お互いを助けながら、補い合いながら生きている姿に強く心を打たれました。

巻末の方には「鈴木妻から読者のみなさんへ」という奥さんの手記も載っており、より立体的に二人の関係性がうかがえます。

個人的には、鈴木さんの奥さんは『ドロヘドロ』というマンガ/アニメに登場する「恵比寿」と言う名前のやせっぽちでエキセントリックな可愛い女の子のキャラクターのイメージと重ねています(笑)。

ドロヘドロの恵比寿が可愛い | (mediapush-push.com)

『ドロヘドロ』は独特な世界観で最近僕が好きな作品で、おすすめです。

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最後に

この本は、脳梗塞やそれに伴う高次脳機能障害というものが患者本人(しかもルポライター)の手によって書かれた大変興味深いものでした。

神様がいるのなら、神様はなんて残酷で、アジなことをするんだろう、と思います。

この本によって同じような障害を持っていて救われる人がたくさんいるのではないでしょうか。

また、同時に妻や家族との関りを描いた物語としても大変面白かったです。

同時に、読んだ僕自身の家族との関係性なども見つめなおすための気付きをたくさんもらえたと思います。

今後、鈴木大介さんの他の本も読みます。

是非、あなたにもご一読をおすすめしたいです。

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