『とりかへばや、男と女』河合隼雄 著 新潮選書

本の紹介

2007年に亡くなった河合隼雄は、心理学者で臨床心理士、文化庁長官も務めた方。

20数年程前に河合さんの著作をよく読んでいた気がします。ふと思い出して、本書を再度手に取りました。

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男らしさとか女らしさとか

読み始めたら、大学生の頃のことを急に思い出しました。

こう言うとちょっと大げさですが、この本を読んでいた大学生の頃の僕は、自分が男であるというということに対して違和感を覚えたり悩んだりすることが多くありました。

別に化粧をしたり、男性を好きになったりするわけでもなく、女の子が好きで恋愛したり失恋したり(笑)していたわけですが、自分の心の中の自己像にはほとんど男性らしさが少なく、どちらかといえば感覚としては女性に近い感じだったのです(その女性像というのは僕のイメージの中の女性、ということになるのですが)。大学に入る前、中学や高校の頃もそうだったと思うのですが、いわゆる男同士の友達付き合いというのが苦手でした。クラスの男子同士の猥談や、男らしい物言いや男同士の付き合いというのに全くなじめなかったのです。その反面、女性と話すのはとても楽でした(同性から見れば完全に信用できない奴です)。それでも、もちろん僕自身の持って生まれた性は男性なわけで、常にどっちつかずの宙ぶらりんな感じがしていました。

河合さんの本を読むと、そんな宙ぶらりんな自分を優しく見守ってくれるような感じして、僕は好きだったのだと思います。

こういった悩みは、今思えば、社会(男主導の)に出る前の恐れがそんな悩みに転化されてという部分もあったのかもしれません。(実際、僕は大学を出てもすぐには社会に出ずにさらに3年間映画の学校に通うという回り道までしたのです。)

そういった違和感は、実は今でも少しあります。だけど当時に比べればかなり社会に順応したものです。

とりかへばや物語

とりかへばや、というのは12世紀平安朝末期頃に書かれたとされる物語で、作者は不明、性別ですらわからないのだそうです。物語では性が転換したり、同性愛的な表現があったり、複数の人と性的な関係を持ったりするので、大正から昭和にかけて、淫猥(いんわい)であるとか退廃的であるとかして非常に低く評価されてきたそうですが、河合さんをはじめとして高く評価する人たちも多いようです。おそらく、明治維新後の日本では西洋的な価値基準が流入して過去の文学作品などもその尺度で計られるようなことが起こり、そういった悪い評価につながったのかもしれないな、と思いました。

昨今、アメリカで『風と共に去りぬ』における黒人奴隷の扱いが不当であるとして映画が見られなくなっていると聞きますが、過去の作品が成立した当時の社会常識などを無視して今の尺度で作品を断罪してしまうことには大きな危険があると思っています。

僕自身はこの物語を直接読んだことは無く、本書冒頭のあらすじを読むだけでも話はかなり複雑ですが、これを読むだけでも大変面白いです。

物語は、左大臣の娘と息子が中心になります。天狗の力が働いたことによって、娘は男らしく、息子は女らしく育ってしまい、仕方なく娘は男として、息子は女として育てられます。娘は男としてどんどん出世していき、息子は女性として宮廷につかえるようになったりするのですが、そこで様々な恋模様が起こり、また、様々な問題が生じます。

できたら、このあらすじ部分だけでも読んでいただけたらな、と思います。(あらすじといっても、40ページほど割いて詳しく語られています。)

たましいについて

この本は、古今東西の文学作品なども引き合いに出しながら『とりかえばや物語』を分析していくわけですが、(本筋とはずれてしまうのですが)僕が一番印象に残ったのは、たましいについての記述です。

人間を「心」と「からだ」や、「男」と「女」に分けて考えた時に、どうしてもこぼれ落ちてしまう人間の要素を「たましい」と呼ぶ、といった説明があり、ああ、なるほどなあ、と思いました。

もちろん、「男」や「女」というカテゴリー分けは、社会生活が潤滑に回るには大切なことではあるのですが、それにばかりこだわり過ぎると、大切なものが見落とされたり、ないがしろにされてしまう可能性があると思います。でも、その背後に、僕も彼も彼女も、皆、性別の向こう側に「たましい」を抱えた人間なんだ、という優しい人間理解があるような気がしました。

こういった視点が、僕が河合さんの本を読んで一番面白く、勇気づけられる点だったなあ、と改めて思い返しました。

もちろん、本全体としても大変興味深いものです。

よかったら一度手に取って頂けたらと思います。

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