自己愛な人たち (講談社現代新書) Amazon
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精神科医で作家の春日武彦さんの本。
春日さんの本は、以前に以下の本を読んでブログで感想を書きましたが、
『鬱屈精神科医、怪物人間とひきこもる』春日武彦 著 キネマ旬報 | 雨の星 探検記 (amenohoshi.com)
春日さんの本は常にある一定のネガティブで鬱屈した雰囲気で満ちている(ずっと鈍いノイズが鳴っているような…)という印象です。ただ、その雰囲気の中に浸かってみると、それはそれで居心地が良いような気もしてくる不思議な感覚になります。
この本はそういった雰囲気をまといながら、様々な角度から「自己愛とは何か」ということが春日さんの独特で説得力のある筆で書かれています。
自己愛は誰にでもある
自己愛は、強い弱いは別にしても誰にでもあるものだと思います。僕なんかも誰も見ないような(いま、これを読んでくれている人、ありがとうございます(涙))ブログを細々と書いているのは自己愛のなせる業であるし、曲を作ったりするのもそれを誰かに褒められたいという気持ちがどこかにあるからなのでしょう。
SNSがこれだけ発達しているのも多くの人の自己愛を巧みに利用しているからだとも思われます。
自己愛のない人間はいない。少なくともまっとうに生きていくためには《自己肯定》が必須だろうし、自尊心が心の支えとなるに違いない。《思い上がり》や《独りよがり》の要素を心に秘めつつもそれを自覚しコントロールを図っている人物のほうが、器が大きく人情を心得ていそうに思われる。
本書:P17
自己愛は誰にでもある前提で、それを自分の人生の中でどう飼いならせるか、というのが全ての人にとってのテーマなのかもしれません。
誰かのあからさまな「自己愛」がはっきり見えるとき、ハッと気づいて目をそらしたくなることがあります。それはほとんど鏡のように自分自身の中にもある「自己愛」をまざまざと見せられたような気分になるからなのかもしれません。
2種類の自己愛
自己愛には大きく二つの極端なかたちがあり、誰しもその間のどこかに位置する自己愛を持っているそうです。
一つ目は「誇大型自己愛」で、もう一つは「過敏型自己愛」と言うそうです。
誇大型自己愛とは、尊大なオレ様主義で目立ちたがり屋、他人のことなんか目に入らないといったタイプで、いくぶん躁的なトーンを帯びている。いかにも芸能界や政界に多数棲息していそうだし、ワンマン社長なども当てはまるかもしれない。自己愛が強いゆえに、スポットライトを浴びずにはいられないというのは、なるほどわかりやすい。
本書:P132
こういう方、たまに見かけます。仕事上でこういう人と関わることがあるととても疲れるなあ、と思い当たる人が何人か頭に浮かびました。
ところがパラドックスめいたことに、自己愛が強い「からむしろ」醜態を見せたり失敗することを恐れ、結果として臆病かつ引っ込み性、内向的にあることもある。それが過敏性自己愛で、彼らの(あたかも)控え目な態度は、決して謙虚とか「分を弁える」といった性質に根差しているわけではない。成功や栄光に対する人一倍の貪欲さを裏返したに過ぎない。
本書:P132
日本人にはこの過敏性自己愛の人が多いと書かれています。たしかに、僕自身や周りの人を見ていても、誇大型自己愛に見える人はかなり少数派で、過敏性自己愛の説明に当てはまる人が多そうです。この過敏性自己愛が強まっていくと、うつ病や適応障害、また引きこもりに至ることがあるようです。
精神科にかかる人々
この本では、自己愛をこじらせた人がたくさん出てきますが、春日さんが精神科医として実際に担当した(であろう)患者さんのことも多く書かれています。
拒食症の女性、自傷行為や自殺未遂を繰り返す女性、うつ病の奥さんをともなってやってきた奥さんよりもずっと病的に見える旦那さんなど。
その患者さんたちの様子が読んでいてとても興味深いのですが、結構あからさまでキツイ書き方もあるため、「これは自分のことですよね!」と文句を言ってくる患者さんもいるのではないだろうか、と他人事ながら心配になってしまいます。でも、読者としては大変面白い。
短編小説の紹介
また、先ほどのように実在の患者さんの他にも、春日さんの豊富な読書体験から国内外問わず多くの短編小説の中に出て来る自己愛をこじらせた人々が多く紹介されます。
これがどれもどんよりするような小説ばかりで(本書のテーマがそうだからだと思いますが)、でもだからこそ小説としてはとても面白そうで、興味をそそられます。
自分の備忘録のために著者名と作品名を拾っておきます。
・ウィリアム・トレヴァー『孤独』
・安岡章太郎『瀑布』
・井上靖『杢さん』
・アリス・マンロー『小説のように』
・吉行理恵『雲のいる空』
・牧野信一『泉岳寺付近』
・ウェルズ・タワー『茶色い海岸』
・尾崎一雄『石』
自己愛は捨てることが出来ないけれど
人間である以上、生きている以上、自己愛を捨て去ることはできず、僕たちは先ほどの「誇大型自己愛」と「過敏型自己愛」の両極のどこか間をバランスを取りながらフワフワと漂いながら生きていくしかないようです。
春日さん自身も自己愛をこじらせている一人だと書かれてもいます。
でも、それは悪いことばかりではなく、春日さんは以下のように言います。
自己愛に司られた我々は、なかなか自分の心をコントロールできない。それなのに、リアルな言葉が一瞬のうちに自己愛を打ち砕いたり再生させたりすることがある。原色の絵の具のような自己愛が、素朴で簡素な言葉によってその色合いを変化させるところに、人の世を生きる驚きがある。
自己愛に翻弄されてこその人生さ、と嘯いて(うそぶいて)みるのは決して負け惜しみではないと思う。
本書:P181
逃れられない自己愛、それを考えるための良いきっかけになる本でした。良かったら是非お手に取ってみてください。
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