『オウムからの帰還』(高橋英利 著)草思社文庫

本の紹介

オウム真理教の一連の事件、特に1995年のサリン事件から、26年…。

サリン事件の当時、僕は都立高校の2年生でした。テレビや新聞は連日オウム関連のニュースを報じていました。(オウムによる事件などで被害にあわれた方たちを思えば不謹慎すぎますが、友だちとの間で軽口のように「ポア」とか「解脱」みたいな言葉が日常の中で交わされていたような記憶もあります。)

あんなに大きな事件だったのに、最近ではテレビがオウムのことを流すこともほとんどないし、僕自身、思い出すことも少なくなりました。それは、世の中が、日本人が、オウムからよく学び、克服し、卒業したから、ではなく、ただ、情報として消費し、飽きて、忘れたのだと思います。

この本は、高橋英利さんという元信者がオウムと出会い、迷いながら入信、出家し、オウムから抜け出すまでの記録です。正直言って、まず読み物として無類に面白いです。

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高橋さんは東京の都立高校出身で、信州大学で地質学や天文学を学んだ理系の秀才です。高橋さんは僕より10歳年上ですが、彼が卒業した都立高校に僕も通っていました。そんなこともあって僕としては勝手に他人ごとではない感じがしています。

本は、幼少期から小学校や高校時代の話から始まります。ものすごく醒めていながら多感で、とことん深く物事を考える人なんだろうな、と思わされます。

大学に入ってからの高橋さんは、サークル活動などに積極的に参加しながらも、一方では人生の意味を深く深く問い続けるような両極端な生活の中で、次第に精神的に追い詰められ、病んでいきます。そういった日々の中で、高橋さんは信州大での麻原の講演会でオウムと出会い、悩みながらも強く惹かれていき、やがては入信、出家というところまで行きます。

高橋さんが入信に至るまでには、アーナンダこと井上嘉浩が深くかかわっています。アーナンダは高橋さんの3つ年下ですが、非常に直観力に優れ、包容力や温かみのある魅力ある人物として書かれています。(井上嘉浩については強い2面性を指摘する声もあり、証言する人によってかなり印象が違うようです。)

(井上嘉浩はオウムの幹部で様々な事件に関わり、2018年死刑執行されています。井上嘉浩に関しては門田 隆将の下記書籍もおすすめです。

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高橋さんが出家して、有名な上九一色村のサティアンに移ってからの日々が、非常に生々しくつづられていきます。面白いのは、高橋さんがとても強くオウムの修行や教義に惹かれていながら、どこか醒めている部分があり、常に批判的な視点も無くさないところです。他の信者が家族への想いを断ち切らなければいけない、と言っている時に、「僕はまだ捨てきれていないんです」と正直に言ってしまうところや、教祖である麻原の脳波を電気的に頭に流し込むヘッドギアに対して疑問を感じていたり、麻原が乱発する指示や戒律のようなものを批判的に感じていたり、思い付きのような形で実施されていたイニシエーションと言われる数々の儀式(時には薬物を投与されることもあった)に参加しながらこのやりかたはどこか違う、と思っていたり。

皮肉なことに、大学院での研究の実績を買われて、占いや地震予知のソフトを開発することなどにも関わっていきます。(オウムの科学技術省大臣 村井秀夫の下につく)このことが、彼に一般の出家信者とは違う経験をさせ、別の視点を与え、サリン事件の直後に抜け出す環境を与えてもいたと思います。幸いなことに、高橋さんはサリン事件などの直接的な犯罪に手を染めることはありませんでしたが、抜け出した後にも彼はずっと自問し続けているとつづっています。

この本は無類に面白いですが、やはりここから僕たちは何かを学ばなければいけないと思います。それは、「オウムは怖い」ということだけではなく、「オウム的な魔境」に陥らないために僕たちは過去にフタをせず、常に学んでいかなければいけないというとだと思います。

新型コロナに翻弄され続けるいまの我々の社会に、全てを解決してくれるような魅力的に見える思想や「何か」が現れた時、僕たちは我先にと飛びついてしまう前に、一歩引いて考え直してみる勇気と思慮を持つ必要があるのだと思われるのです。

読みながら、これはもしかしたら僕の物語だったかもしれないんだ、と自問していました。もし、僕が同じような悩みの中にあり、もし、同じように井上嘉浩が目の前に現れた時に、果たして僕は目の前に開かれた世界を拒絶することができたんだろうか、と。

↓実際の高橋さんの映像が、ここで見れました。

元オウム出家者 高橋英利 上九一色村サティアンへ – YouTube

↓高橋さんのブログがありました。

EiliPrivate~思索の森…奇蹟を求めて~ – 楽天ブログ (rakuten.co.jp)

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